特集

物心両面の支援で 子どもたちを学びのスタートラインに

いつもの縁がわを飛び出して、ホッと家ファミリーが「会いたい!」人物を訪ねる『CLOSE UP 縁とも』。第二回は、無料塾のさきがけである「八王子つばめ塾」の事務局長、小宮位之さんを訪ねました。

巣立ったつばめがボランティアのフィールドに戻ってきた

今回私が向かったのは、八王子。「ホッと家の縁がわ」にブログを投稿してくださっている、「八王子つばめ塾」事務局長の小宮位之さんにお会いするためです。

今、日本では7人に1人の子どもが貧困状態にあり、家庭の経済格差が、子どもの学力格差や教育格差を生み出しているといわれています。未来の日本を担う子どもたちが、家庭の経済状況のために十分な教育を受けられずにいるという現実に胸が痛みながらも、正直私はそのことを表面的にしか理解できてはおりませんでした。

そんな中、経済的に苦しい家庭の子どもたちを支援する無料塾を運営する小宮さんのブログを読むたびに、現実を垣間見るとともに、小宮さんの信念や、つばめ塾でのエピソードに心を動かされております。

そしてこのたび、「次の投稿を待つ前に、自ら押しかけてお話を聞いちゃえ!」と思い立ち、小宮さんにご連絡したところ、お忙しい中時間を割いてくださいました。

20代の頃、仕事でアフリカのウガンダを訪れた際に、拉致されて強制的に兵士にさせられたり、エイズで両親を亡くし貧しい暮らしを強いられたりという子どもたちの現実を目の当たりにし、「日本に帰ったら、いつになるかわからないけれど、人材を育てることをしよう。世界を少しでも良い方向に導ける若者を育てよう」と誓ったという小宮さん。
その誓いが実を結んだのは、2012年の夏のこと。現在つばめ塾の元横山教室になっているスペースに空きが出て、「次の時代を担う人材を育てる千載一遇のチャンスが巡ってきた!」と、経済的に苦しいご家庭の子どもたちの学習支援を無料で行う塾の創設に踏み切ったそうです。

こうして生徒一人、講師一人から始まった「八王子つばめ塾」が、現在では生徒約70名、講師約70名、6つの教室に発展。卒業生は155名で、小宮さんが今までに関わった生徒は、370人を超えるというから驚きです。

7年でここまで増えるとは夢にも思わなかったと小宮さん。さらに予想外だったのは、「つばめ塾の塾生だった子たちが、もう8人も、教える側の講師として戻ってきてくれたこと。僕はもう少し時間がかかると思っていました」。

巣立ちのあと、春になると戻ってくるつばめのように、つばめ塾の卒業生たちがまたボランティアという巣に戻ってきてほしいという願いを込めたという塾名。

「つばめ塾の理念は、現実に生徒たちを支援するとともに、人材育成をして世を立て直すということ。その両輪が大事なんです。単に有料塾の代替機関や、格安塾というわけではありません。つばめ塾で、ボランティアの講師から勉強を教えてもらった学生たちが、自分もいつか人の役に立つ人間になろうと思える大人に育つこと。それこそが大切なんです」。

つばめ塾の講師でなくても、自分の得意分野で人の役に立てるようなボランティアをしている学生もいるとのこと。小宮さんの願いと、ボランティア講師の方々の思いは、つばめ塾の卒業生たちにしっかり届いているようです。

浄土真宗のお寺の住職さんがつばめ塾の理念に共感し、無料で貸してくれているという会場「アミダステーション」での授業風景。ボランティア講師さんの人数が多く、まるで個別指導の塾のよう。


現実に生徒を支えるために、行政の援助は受けない

理念の両輪のもう一つ、「現実に支援する」ことについては、奨学金制度に力を入れていると小宮さん。しかもそれは、“返さなくていい、現金支給の奨学金”。

「例えば中学生は、塾までの交通費と、塾で使う参考書や問題集を支給します。親は勉強しろ勉強しろと言うのに、子どもが頑張って塾に行けば行くほど交通費で家計が苦しくなるというのは、僕は矛盾だと思うんです。だから交通費は気にせず、夏期や冬期の講習にも何回でもおいで、と言いたくて。
高校生は月3000円、高3になると5000円の奨学金を支給します。普通の家庭の高校生なら、そのくらいはお小遣いがもらえるでしょう。でも、それすらももらえない子は、バイトするしかない。バイトをしたら当然疲れる。部活も勉強もできなくなる。だから、使い道を限定しないお金として支給しています」。

他に、「教科書奨学金」もあり、高校入学時に1万円、大学入学時に2万円を支給するそう。

「入学するときって、制服やスーツを買ったりと、一番お金が苦しいときなんですよね。公立高校でも、3月4月に10万円ほど出ていく。月賦にできるならいいけど、短期間にこれだけのキャッシュが出て行くというのは、家庭によっては本当にキツいんです。大学も、日本学生支援機構(旧:育英会)の奨学金などが支給されるのは入学してからの場合が多いので、5月のゴールデンウィーク明けくらいまでが一番つらい。僕は大学に入学して1か月くらい、教科書なしで授業を受けていた経験があります。1冊700円くらいかと思っていたら、何千円もするからもうびっくりで(笑)。入学時に2万円を支給すれば、5冊くらいは買えますよね」。

なんと現実的で細やかな支援! これは、ご自身が経済的に苦しい家庭に育った経験があるからこそ考えついた内容だと小宮さんは話します。

「最低限のお金がなければ、子どもたちはスタートラインに立つこともできないんです。100メートル走を10メートル後ろから走らされたら、それは不利なのは当たり前。せめてスタートラインまでは押し上げてあげたい。そこからの頑張りは、もちろん自分持ちです。
現金支給は甘やかしや不正なんじゃないかとか、自助努力が必要だとか言う人もいますが、僕は、それは違うと思う。せめてマイナススタートをゼロスタートにできれば、進学をあきらめずに済む子どもが増えるんです」。

だからこそ、行政からの支援は受けないのだと小宮さん。その理由とは?

「理由は明確です。奨学金を出したいから。行政から助成金を受け取ってしまったら、公金の横流しになってしまうので、現金支給ができなくなります。つばめ塾は、お金を“もらいたい”んじゃなくて、生徒たちに“出したい”んです。だから、これまで一円も公金をもらったことがない。全部、個人や企業からの寄付金で賄われているのが、つばめ塾の誇りなんです」。

“現実に生徒を支援する”という理念と、そこに共感する人々の善意がダイレクトに学生たちに届くのが、つばめ塾の奨学金なのですね。

「ボランティアの講師の方々には、交通費も謝礼も一切支給していません。それでも皆さん週に1回、大学や仕事の後に、生徒たちに勉強を教えるために一生懸命通ってきてくれている。そんな善意の人が70人もいるわけです。
だから僕は、年に一度の親子説明会のときに、はっきり言います。定員オーバーで待っている生徒もいるくらいなんだから、勉強する気がないなら来なくていいって。みんなに勉強してもらいたいと思って、全国からいろいろな方が寄付してくださっているんだし、ボランティアの先生方だって、交通費も謝礼も一回も払ったことがないのに、君たちのために毎週来てくれているんだから、君たちは勉強するしかない。勉強することが、寄付者や先生方への恩返しになるんだからって話すんです。」

実際、インタビューの後におじゃました塾の会場では、見知らぬ私たちが入って行っても誰一人集中を切らすことなく、生徒さんと講師の先生方が真剣に向かい合う姿が見られました。

〈後編では、無料塾の経営や、これからの社会で必要になる資質などについてのお話を紹介します〉


*プロフィール
小宮位之さん
1977年東京都生まれ。八王子の貧困家庭に育つ。
都立高校卒業後、國學院大學文学部史学科を卒業、4年間私立高校の非常勤講師を勤める。その後映像制作の仕事に転職。
2012年9月、任意団体八王子つばめ塾を設立。2013年10月、特定非営利活動法人八王子つばめ塾を設立、理事長に就任。
現在は映像制作の仕事を辞め、私立高校の非常勤講師などの非正規雇用の仕事に就きながら、無料塾の発展に尽力している。
☆2019年11月、八王子つばめ塾が「認定特定非営利活動法人」として認定される。

八王子つばめ塾とは?

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