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〈番外編〉「新型コロナ・心の処方箋」その4

縁がわの常連・主婦ユキコが、ママ友から寄せられた“今ならではの不安・不満”について、同じく常連のキタオにアドバイスを求める特別編・その4。
休校が続き、中学3年生の息子さんを持つお母さんは、「部活も受験も有終の美を飾らせてあげたかったのに…」と失意のどん底に。キタオは仏教の立場からどう答える!?

 

わが子があまりにかわいそう…部活に受験、どうなるの!?

●A.K.さん(39歳)
息子は今、中学3年生。中学校の休校が続き、部活も勉強もままならない状況です。
2年間頑張ってきたサッカー部では、やっと悲願のレギュラーになれたばかり。大会に向けて燃えていたのに、活躍の場を失って、全てのやる気を失ったように見えます。
しかも来年は高校受験。私立の中学校では、ウェブを使った双方向授業を始めている学校も多く、公立校でも授業開始日にバラつきが出れば、同学年でも学力に差が出てしまうのは必然です。来年の高校受験はどうなるのか、部活で有終の美は飾れるのか、とても不安です。
中学3年生という大切な時期に、こんなことになってしまったわが子がかわいそうでなりません。ツイていない星の下に生まれた子なのでしょうか。無気力になってしまったわが子に、何と声をかければいいのかも分からず、毎日悶々としています。

 

人間とは、苦をてんこ盛りにした丼のようなもの

この件は、息子さんにとって”心の筋力”を増強させる良い機会でしょうね。心も体も似たところがあって、適切な負荷がかかることで強くなりますから。
体に負荷をかける場合は走ったりバーベルを持ち上げたりしますが、心にかかる負荷とは何だと思いますか? それは「苦=思い通りにならない現実」なんです。
苦にはできれば出会いたくない。しかしその反面、人間は、苦を乗り越えるたびに人間としての学びを深め、強く逞しく成長していくのです。では、苦にはどういったものがあるのでしょうか。
お釈迦さまは、私たちが人生において遭遇する全ての苦を洞察したうえで、八つに分類されました。仏教の世界では”四苦八苦(しくはっく)”と称されています。せっかくですから、ここで簡単にご紹介しておきましょう。

①生(しょう):この世に生まれ落ちる苦しみ。母親の羊水に浮かび、快適な時を過ごしている胎児にとって、血や糞尿にまみれながら狭い産道を押し出される体験は、恐怖と苦しみ以外の何ものでもありません。

②老(ろう):老いの苦しみ。若い時の明敏な頭脳や健康な肉体が段々と劣化し、そこなわれていく苦しみです。

③病(びょう):病いの苦しみ。病気やケガによってもたらされる肉体的な苦痛は、生きる上で深刻極まりない苦しみです。

④死(し):死の苦しみ。強烈な生存欲求を持つ人間にとって、死は無条件かつ理由もなく恐ろしいものです。

⑤愛別離苦(あいべつりく):愛しいもの(=執着の対象である人・モノ・カネ・権力など)を手放す苦しみ。執着の度合いが大きいほど、苦しみは増大します。

⑥怨憎会苦(おんぞうえく):人を含めて嫌悪の対象と会わねばならない苦しみ。社会的動物である人間にとって、この苦もまた避けて通れない深刻な問題です。

⑦求不得苦(ぐふとっく):愛しいもの(=執着の対象である人・モノ・カネ・権力など)を求めても得られない苦しみ。頑張って得られることもたまにありますが、得た人には愛別離苦の苦しみがポッカリと口を開けて待っています。

⑧五蘊盛苦(ごうんじょうく):上記七つの苦を洞察されたお釈迦さまが出した結論。ここで五蘊とは人間のことを指します。つまり「人間とは、苦をてんこ盛りにした丼のような存在である」ということです。

以上が人間の全ての苦しみを網羅した四苦八苦です。
あなたの息子さんがサッカーで活躍する場がなくなって落ち込んでいるのは、まさしく”求不得苦”にあたりますね。
まあ、いま無気力になっている息子さんのことは心配いりませんよ。なぜなら、彼には同じ苦しみを共有しているサッカー部の良き仲間がいるからです。
お釈迦さまは、「善き仲間を得ることは、悟りを目指す仏道の全てである」とさえおっしゃっています。それほど、同じものを目指している仲間の影響力は大きいのです。
たとえサッカー部員全員が今は落ち込んでいるとしても、そのうちに新しい目標を立ててやる気を取り戻す仲間が、一人また一人と出てきます。そしてみんなで慰め合い、励まし合いながら立ち直っていくことでしょう。しかもあなたの息子さんは、頑張ってレギュラーの座を獲得したほどの克己心ある人物です。立ち直るのはそう遠いことではありません。

 

母が自ら強い執着を捨て、「何とかなるさ」と見守ろう

それよりも私が心配なのは、母親であるあなたのほうですよ。息子さんの受験や部活のことなど、あれこれ心配されているようですね。そして、あげくの果てには「ツイていない星の下に生まれた子なのでは?」とまで思い悩んでいらっしゃる。
まあ言ってみれば、息子さんだけでなくあなたも私も、いな人類みんながツイていない星の下に生まれたようなものなんですよ。先ほどご紹介したように、生まれ落ちる時からしてヒドい目に遭い、その後も死ぬまで次々と四苦八苦の苦しみに出会うのですから。(笑)
ともあれ、親が子を心配するのは悪いことではありません。ただ、わが子に執着するあまり、「受験に絶対合格してほしい!」「部活動も絶対に有終の美を飾ってほしい!」「いい会社にも絶対入ってほしい!」というように考え始めると、心に大きな苦しみが生じるのです。なぜかというと、「絶対に〇〇を得たい!」という執着の反作用として、「もし得られなかったらどうしよう…」という不安が必ず生じるからです。
では、不安を取り除くにはどうしたらいいのでしょうか。それは、当然ながら「絶対に!」と考えないこと。つまり強い執着を持たないことです。「こうなればいいなぁ。ならなくてもしょうがないけど。」くらいのユルい感じで望み、努力だけはしっかりすることですね。これが、仏教でいう智慧のある態度というものです。
いずれにしても、お釈迦さまは”一切皆苦”と言われました。その意味は、「この世にいったん生まれ落ちたら、誰しも四苦八苦との出会いからは逃れられない。だから、少しでも智慧を磨き執着を減らして、乗り越えていきなさい。」ということです。
そして、最後にもうひと言。この現象世界において、「これを得られなかったらおしまいだ!これを失ったらおしまいだ!」といえるほど価値のあるものは一つもありません。ただ、私たちがそう勘違いして執着しているだけです。
たとえば、息子さんが希望校の受験に合格したならしたで喜ばしいことですが、落ちたからといって人生が終わるわけでもなんでもありません。第二希望の学校に得難い出会いが待っているかもしれないのです。このことは、世の中の何にでもいえることです。
現象世界に執着する価値のあるものが存在しないということは、人生において何を失おうが得られまいが、行き詰まるということもまたあり得ないんですね。今日から「何とかなるさ」という方針で息子さんを見守ってあげてください。

☆次回もお楽しみに!

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サティ〜ず

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