ある朝、我が家に飛び切りの美人が飛び込んできた。兄の新しい彼女だった。スーツ姿にハンドバッグ。丸の内界隈のOLが、仕事に行く時の姿だ。兄も私も既に会社に出た後だった。母もびっくりした。初対面だ。このまま家に帰ると、お金持ちの東南アジアの御曹司と結婚させられる。我家に居させてくれという。母は、兄の帰宅を待ち、本人たちの意志を確認した。我が家にいるうちは間違いを起こさない事。これが条件だ。その上で、臨機応変に対応した。私の部屋が明け渡された。
兄は、前の彼女とは、2年ほど前に別れている。結婚直前まで話は進んだ。しかし、婚礼の儀式内容で揉めた。お相手は、北陸の良家の長女だった。先方のこだわりは、徹底していた。結婚する当人たちの意向は、何処かに押しやられていた。揉める内に、兄の気が変わった。苦労した母の姿を、間近に見て育った兄だ。これでは、先々上手くいかないと感じたようだ。婚約までしたものが破談になった。
この時は父が、素早く動いた。今までの兄とのわだかまりが、無いかの如くだった。先方に赴き頭を下げた。婚約の時に挨拶をしてから、数か月後のことだ。今までの父では考えられない動きだった。母も感謝した。
今度の彼女は、欧州人の母の子だ。厳しい母に、質素で、堅実に育てられたという。日本で育ち、キリスト教系大学を出て、兄と同じ職場に勤めている。すらりとした容姿だけでない。何処か立ち居振る舞いが、日本人の母親に育てられた人と違うものを感じさせる。ともかく兄が気に入った相手だ。母も我が家の娘として受け入れた。彼女も母のことを、気に入ってくれたようだ。母にしてみると、先ず、妹、次いで飼い犬のスノー、そして、彼女と三人の娘が現れた。
我が家流の家の切り回しを、母の直伝で、習っている様なものだ。素直で大らかな性格が、いち早く父はじめ、スノーまで全員に気に入られた。但し、スノーは、序列を重視する。炬燵等で彼女が座っていると、頭で押して、自分が据わろうとする。自分より後から来た人だから、下位の人と思っている。しかし、スノーは容姿端麗の人は好きだ。何かとすり寄って行っては仲良くしている。その内、先方の父親と妹が、こっそり挨拶にやって来た。先方の母親は、立腹したままで、兄とのことも認めない。その後、彼女の妹が連絡役で、しばしば、衣類や身の回りの品々を、届けに訪れた。
我が家で花嫁修業をしている間、彼女の卒業した大学の教会で、結婚式をするべく、兄と着実に、準備を進めて行った。二人の友達だけが参列する、質素で地味な結婚式だ。格式も何もない二人だけの質素な結婚式内容で、我が家の両親もホッとした様子だ。気になるのは、反対している先方の母親の存在だ。しかし、成人した二人の決めた事だ。その流れが上手くいくことだけを、皆願っていた。母が、娘を嫁がせるように、身の回りのことを整え準備をした。
式当日が来た。先方の母親が、出席するかどうかも分からないままだ。我が家のボロ車で、結婚式場の教会まで、両親と出向く。主人公の当人達は、一足早く準備のために会場入りしている。教会の駐車場に入ると、遠くに、周りの人と挨拶している西洋人の夫人の姿が見える。ご主人より背が高いのが見て取れる。大ぶりの目鼻立ち、大きな身振りで、満面の笑みで、話をしている。どうやら、やっと前日に成って、嫁ぐ前の娘と話をして、納得したようだ。我が家の両親とも初対面の挨拶を交わした。「何から何までお世話に成って、有難うございます。」「娘を宜しくお願いします。」と丁重だった。
式場では、バージンロードで、花嫁のベールを父親が踏んづけて、脱げてしまうハプニングはあった。でもそれ以外はすべて順調だった。参列者の祝意が、会場に満ち溢れていた。披露宴は無し。友達だけが、夜渋谷に集まって、お祝いの催しをした。何から何まで、兄らしく質素で、簡潔だった。私は自宅で、両親とお祝いの会食をした。後は、家から数駅先の、会社の独身寮に戻った。兄嫁に部屋を明け渡してから、家を出ていた。帰り道、沿線では高級住宅街の道を歩きながら、「我が家も何か変わったな。」と思った。
次は、母と私の間に残ったわだかまりと、母に起こった変化についてお話しします。