緊急事態宣が全国的に解除に向かい、この番外編も今回で一区切りとさせていただくこととなりました。最後は、施設に入所している認知症の母に、オンライン面会で泣かれるたびに自分を責めてしまう…という切ない胸の内をミセスが吐露します。キタオは仏教の立場から、どう答える!?
切なくて…施設にいる認知症の母に「親不孝者!」と泣かれる日々
●N.I.さん(51歳)
81歳の母は、特別養護老人ホームに入所しています。緊急事態宣言が出てから、施設は面会禁止になってしまい、母に会いに行けない日が続いています。認知症が進んできていて、会えない間に娘の私のことを忘れてしまったら…と不安でいましたが、施設側で「オンライン面会」を始めてくださり、顔を見て会話ができるようになりました。
とてもありがたいサービスですが、母は認知症なので、現在の状況が理解できず、パソコン画面で私の顔を見るたび、「なんで会いにきてくれないの? どこか遠くに行っちゃったの?」と涙を流します。先日は、「こんなに放っておくなんて、親不孝者!」と泣きながら叫ばれてしまいました。
介護士さんもその都度説明してはくれるのですが、母にはコロナウイルスも緊急事態宣言も理解できません。
若いころは、親の言うことを聞かずに家を飛び出し、両親に心配をかけたこともありました。でも自分が家庭を持ってからは、反省して両親に親孝行しようとがんばってきたつもりです。
このまま、母に親不孝娘だと思われたままになってしまうのは本当に切なく、悲しいです。母もつらいだろうと思います。でも、今はどうすることもできない。
私が若いころに勝手放題をしたから、罰が当たったのでしょうか? 私はどうしたらいいのでしょう?
苦の正体は、“願いと現実の間に生じるギャップ”
罰なんか当たっていませんよ。安心してください。(笑)
むしろ、親不孝娘だと思われるのが悲しいと言うあなたは、親孝行娘そのものではないですか。でも親孝行なあなただからこそ、現在の状況がつらくて悲しいんですよね。
仏教では、つらくて悲しい心の状態を”苦(ドゥッカ)”といいます。
ではなぜ、親孝行なあなたが苦しんでいるのか。むろん、若い時に家を飛び出した罰ではありませんよ。
お釈迦さまによれば、心に苦しみが生じるきっかけは一つしかないのです。それは「自分の願いや希望(=欲)と現実の間にギャップ(食い違い)が生じたとき」です。
このギャップが生じたとき、人は「(思い通りにならなくて)嫌だな、悲しいな、つらい、腹が立つ」などとネガティブ(否定的)な心の状態に陥ります。このネガティブな心の状態こそ、私たちが日々味わっている”苦”の正体なんですね。
たとえば朝、まだ寝ていたいのに起きなきゃならない。これも小さな苦です。で、やっとの思いで起きたはいいが、卵かけご飯を食べたくて冷蔵庫を開けたら卵がない。しかたなく他ですませた後は、新型コロナの感染に怯えながら電車で通勤。本当は在宅勤務をしたいのに、会社の方針でできないわけです。
こうして日々、小さな苦を味わいながら生活している私たちに、追い打ちをかけるような更なる問題が起きてきます。健康でいたいのに病気になってみたり、別れたくない大切な人と死に別れたり、反りの合わない人と一緒に仕事をするはめになってみたり…。そして最後は、自分自身が死にたくもないのに死ぬという大きなギャップに直面し、イヤイヤ人生の幕を閉じるわけですね。
執着を捨てて現実を受け入れる
このように、願いと現実のギャップで苦しむ人間の一生を、お釈迦さまは”一切皆苦(いっさいかいく)”と評されました。
もちろん、願い通りに変えられる現実は、頑張って願い通りに好転させればギャップがなくなり苦も消えるのですが、問題は頑張っても変えられない現実に直面した時です。これはどうにもならないのでしょうか。
「その時は、執着を捨てて現実を受け入れれば良いのだよ」とお釈迦さまは言われるのです。それでギャップはなくなると。
あなたの場合は、お母さんの涙ながらの懇願に応じて会いに行きたい。行きたいけれども会いに行けない。これはコロナ禍の現在、しかたのないことだと思えますね。しかし同時に、お母さんが認知症であること、ゆえに現在の状況も理解できず、感情の抑えもきかず、あなたを激しく非難すること。これらもまた、受け入れざるを得ない現実なのです。このことをもう一度よく理解してください。
たとえば台風がきたとき、私たちは頑張って台風を何とかしようとはしません。黙って家に避難します。人間の力ではどうにもならないからです。同じように、お母さんの認知症も今はどうにもなりません。避難すべきは避難して、上手に対応すればよいのです。「こんなに放っておくなんて、親不孝者!」と泣き叫ばれたら、あなたも「本当にごめんね、お母さん! 必ず会いに行くからね!」と泣き叫べば良いと思います。そうすれば、自分の世界に生きているお母さんにも、あなたの思いが伝わるかもしれません。もし伝わらなかったら、それはそれで今は仕方のないことだと諦めることです。何しろお母さんは病気なのですからね。
あなたは「母に親不孝娘だと思われたままになってしまうのでは」と心配されていますが、そんなことはありません。コロナ禍がひと段落して会いに行けるようになれば、お母さんの態度もコロッと変わると思いますよ。
ご相談の文面からは、お母さんが一番頼りにしているのはあなただと拝察されます。
お母さんの病気の特徴をよく理解し、振り回されることなく上手につき合ってください。
☆次回からは、通常の「縁がわ仏教講座」に戻ります。
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