<前回のお話>第6回 浮気疑惑の処方箋①〜妄想列車は止まらない
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離婚をするしないで変わる対処法
「では、あらためてユリさんにお聞きしますが、あなたはいま、何が原因で悩んでいるんでしょうか?」
「え!? それは主人に浮気の疑いがあるからです。」
「そうですね、疑いはあります。でも、ご主人が浮気をしていると決まったわけじゃない。あなたの勘違いかもしれません。でも、すでにあなたは悩んでいますね。なぜですか?」
「それは、もし主人が浮気をしていたら…、と考えだすと不安で……」
「ということは、『もし主人が浮気をしていたら…』と考えなければ、不安にならないのではありませんか?」
「そんなムチャな! キタオさん、女心が分かっていませんよ!」と、さっき押したばかりの太鼓判をすぐに引っ込めるユキコ。
「まあまあ、お聞きください(笑)。ユリさん、あなたはいま『もし主人が浮気をしていたら…』とおっしゃいましたね。そのように、確たる事実かどうか分からない事柄や、過去もしくは未来など、“いま、ここ”に現実としてあるわけでもない事柄をあれこれ考えることを、仏教では“妄想(もうぞう)”というんですよ。
そして、不安や悩みの大半は、この妄想に触発されて生じると教えています。ですから、逆に妄想さえしなければ、不安も悩みも生じないわけです。」
「でも、ユリさんのご主人に不審な行動があるのは事実ですよね。これでどうやって妄想を止めればいいんですか?」とユキコ。
「妄想を止める方法は二つあります。一つ目は、思い込みや推測ではなく事実を明らかにすること。二つ目は、妄想自体を観察することです。
一つ目のやり方では、それこそ浮気調査専門の探偵を雇ったりして、白か黒かをハッキリさせることですね。事実が明らかになれば、妄想のしようがありません。あとはその事実に基づいて、適切な対処をすればいいだけです。
ちなみに、もしご主人が本当に浮気をしていることが分かったら、ユリさんはご主人から慰謝料をとって離婚をしますか? それとも、単にご主人の不実を責めたいだけなんでしょうか。」
ユリは迷いなくキッパリと答えた。
「離婚は全然考えていません。子供たちに父親は必要ですし、私も主人が好きですから。もし浮気しているのならやめてほしいだけです。」
「それなら、この方法はおススメできませんね。費用対効果が低すぎる(笑)。結構な手間やお金を使って、浮気の証拠がまあ出てきたとします。でもあなたに離婚をする気はない。となると、できる事はご主人に証拠を突きつけ、二度と浮気をしないと誓わせる事くらいです。でもユリさん、あなたはそれでこの先ずっと安心できますか?」
「……できません。主人の行動がおかしかったら、やっぱりまた疑うと思います。」
「ですよね。しかもこちらが疑惑の目で見ているかぎり、ご主人の何気ない言動も怪しく思えてきます。そしてまた妄想が膨らみ、苦しむことになる。まあ、キリがないわけです。」
「じゃあ、わたしはどうすればいいんでしょう。」
「まずは疑惑の目で見ることは止めて、『夫を信じよう』と腹を決めてしまうことです。あなたの頭には離婚という選択肢がないんですから、ご主人を疑うことには何のメリットもありません。夫婦の関係がギクシャクするだけです。
それに、あなたのご主人もまた、離婚する気はないと私は思いますよ。夫が稼いだお金を家にきちんと入れるのは、妻のことが大好きだからです。しかも、あなたのお腹には、新しい命が宿っている。
お互い家庭を大事に思っているのなら、信じるのが正解です。
もちろん、浮気の証拠探しもやめること。走行メーターをチェックするルーティンも必要なし(笑)。苦のタネをわざわざ捜して歩くのは愚の骨頂です。」
「でも、いくら疑うまいと思っていても、旦那の態度が変だったら、どうしても疑っちゃいますよね?」と、ユキコが加勢する。
「その時は、素直にご主人に聞けばいいんですよ。たとえば『なんでお風呂にスマホを持っていくの?』というようにね。すると『動画を見ながら湯船に浸かりたいから』などと、それなりの答えが返ってくるでしょう。その答えをとりあえず受け入れてしまえばいいんです。」
「私だったらやっぱり疑っちゃうかなー」と、まだ納得がいかない様子のユキコ。
自分の悩みでもないのに、ユキコの共感力たるや…と笑い出しそうになるのをこらえながら、キタオは続けた。
「まあ、そういう時もあるでしょうね。でも疑いだしたが最後、妄想から不安が生じ、その不安な心がさらに妄想を膨らませる…というように、不安と妄想の反復運動が始まって自分が苦しむことになる。そこで、妄想を止める二つ目の方法の出番です。」
「さっき“妄想自体を観察する”とキタオさんが言ってたやり方ですね?」とユリ。目の前の苦をどうにかしたいという願いが見て取れる。
「そうです。具体的に言うと、ご主人の浮気をあれこれと妄想し始めたことに気づいたら、『妄想している、妄想している』、あるいは『妄想、妄想』というように、自分の心の動きを客観的に“実況生中継”するんです。
同じように、不安感に気づいたら『不安(に思っている)』、怒りの感情に気づいたら『怒り(が湧いた)』というように、どんどん実況生中継していきます。それはちょうど、心の動きに“気づきのラベル”を貼るような作業ですから、“ラベリング”と言ったりもします。」
「実況生中継、ラベリング…ですか。」
「はい。実況生中継をすると、妄想はピタリと止まるんです。というのも、人間の脳は二つ以上のことを同時に考えることができないからです。」
「でも私、朝の家事が一段落してソファでコーヒーを飲んでるときなんか、あれやこれやいっぺんに考えているような気がしますケド」とユキコ。
「それは、たとえばAとBとCの三つの事柄をいっぺんに考えているように思えても、厳密に言うと、“A⇒B⇒C”と一つの時系列で思考が高速展開しているんです。同時に三つの事柄を考えているわけではないんですよ」
「なるほどねー。」
「ですから、妄想していることに気づくたびに『妄想(している)、妄想(している)』とラベリングをする習慣をつければ、妄想が何度湧いてもそのつど消えて、際限なく妄想が回転するのを防ぐことができるわけです。
ちなみに、妄想を止めるこの技術は、テーラワーダ(上座部)仏教にお釈迦さま直伝と伝わっている“ヴィパッサナー瞑想”の一部です。この瞑想は、1970年代にアメリカで心理療法に取り入れられ、2000年代に入ると“マインドフルネス瞑想”などの名で一般の人々にも広まりました。日本でも最近かなり脚光を浴びていますよね。」
「あ、それ聞いたことがあります! なるほどー、マインドフルネス瞑想のルーツはお釈迦さまだったんですね。自分の心を観察するだけで妄想が止まるなんて、まさに目からウロコですよ。で、妄想が止まればユリさんの不安も減るというわけですね。
でもキタオさん、私の見立てではユリさんの旦那さん、やっぱり浮気の虫を飼っていると思うんですよー。もしそうなら、なんとか封じ込める方法ってないですか?」
「個人差はありますが、かなりのヒット率で効果のあがる方法がありますよ。」
「ぜひ教えてくださいっ!」と、なぜかユリよりも前のめりになるユキコであった。
(つづく)