やっとお姑さんの許しを得て、念願のパート仕事を始めた主婦・ユキコ。
「働きたいのに働けない」という苦から逃れた彼女を待っていたのは、「職場の人間関係」という苦だった。
パートの大先輩である“古株さん”との人間関係に悩むユキコは、以前、劣等感にとらわれて苦しんでいた自分を、仏教の話で救ってくれた、ホッと家の縁がわの常連・キタオに再び助けを求める。
〈第一案〉古株さんを説得して、気に入らない言動をやめさせる
〈第二案〉ユキコが今の職場を辞める
という二つの提案を却下したユキコは、「自分が古株さんの言動を受け入れる」という第三案にも気が乗らない。
しかし、キタオは笑顔で続ける。
「もちろん、いきなり受け入れるといっても無理です。でもそこは仏教、キチンと手順を踏んで実践すれば、無理なく、しかもかなりの高確率で古株さんと仲良くなれますよ。」
その手順とは…。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「まずはですね、人間関係を良くするための奥義を理解してください。」
「はい? いきなり奥義ですか?」
「そうです。そのほうが話が早いので。」
ずいぶんせっかちなのね、と少し戸惑いながらユキコは頷いた。
「人間関係を良くするための究極の奥義、それは『相手の喜ぶことをして、嫌がることをしない』、これです。人間は、自分を喜ばせてくれる人を好きになり、自分にイヤなことをする人を嫌いになるんですね。」
「えー!なんかあたり前のことを言われている気がするんですけど」
「それはそうですよ。お釈迦さまの教えは『あたり前のことをあたり前に理解し、あたり前に実践すれば幸せに生きられますよ』という、無理のないものですからね。(笑)」
「でも、その“あたり前”がけっこう難しかったりして。じゃあ、古株さんの喜ぶこと、嫌がることってなんですか?」
「古株さんに限らないんですが、仏教でいうところの“凡夫”、つまり“悟っていない普通の人”が喜ぶ状況は三つあります。それは“自分が得をしたとき、自分が有利になったとき、自分が心地よいとき”です。“得・有利・心地よさ”、この三つをもたらす対象に普通の人は魅力を感じ、好きになり、手元に引き寄せよう、引き寄せようとします。このように『魅力を感じる対象を自分に引き寄せよう』とするエネルギーを、仏教では“欲”といいます。」
「なるほど」
「反対に、“損・不利・心地悪さ”の三つが人間は大嫌いで、これらをもたらす対象は何とかして壊そう、あるいは自分から遠ざけようとします。この『壊そう・遠ざけよう』とする否定的なエネルギーを“怒り”というわけです。」
「確かにねー」
「自分に都合の良い対象には欲のエネルギーを出し、都合の悪い対象には怒りのエネルギーを出しながら生きているのが普通の人間で、まあ結局、“凡夫(普通の人間)=自己中心”といえるでしょうね。もちろん私も凡夫の一人ですが。」
なるほどね〜、と納得がいった様子で何度も頷きながら、ユキコの頭は次の答えを見つけに走る。
「ということは、私が古株さんとの人間関係を良くするには、古株さんの“喜ぶこと”をすればよくて、そのためには古株さんに“得・有利・心地よさ”を与えればいいということですね?」
「そのとおりです。ユキコさんは理解が早いですね!」
「というか、キタオさんがおっしゃったまんまを言っただけですよ。それで、私は古株さんに対して、具体的に何をすればいいんですか?」
「それは古株さんに聞いてください。何に対して“得・有利・心地よさ”を感じるかは人それぞれですからね。」
「えー、そんなこと聞けないですよー!」
「まあ、普通はそうでしょうね。」
「はっ!? どういうことですか!」
「(笑)ご安心ください。どんな人でも例外なく、しかも心の底から求めていることが一つだけあるんです。」
「それってなんですか?」
「“尊重される”ということです。つまり、自分という存在を認められ、大切にされ、敬意を払ってもらうことですね。逆に“軽んじられる”ことは、誰もが嫌がります。自分の存在を無視され、邪険にされ、敬意を払ってもらえない状況に陥ると、どんな人でも大きな苦を感じるわけです。つまり『人は自分を尊重してくれる人を好きになり、軽んじる人を嫌いになる』ということです。」
「なるほどねー。でも、古株さんを“尊重する”にはどうすればいいんですか?まさか彼女に面と向かって『あなたを軽んじません。尊重します』って言ったところで、変に思われるだけだし…。」
「大丈夫、『あなたを尊重していますよ』というメッセージが自然に伝わる7つの具体的な行為があるんです。」
「7つも!大変そうだなー。」
「いえいえ、7つのうち1つか2つ実践するだけでもオーケーですから。ただし、継続して頂かないと効果は薄いですが。」
ちょっと待って、とユキコはキタオを遮り、手帳を取り出した。
「7つも覚えられないんで。」
「おー、ヤル気満々ですね! ではきちんとお伝えしましょう。」
キタオが語った“7つの実践”は、次のような内容だった。
① 誉める(性格でも、仕事ぶりでも、服装でも何でもよい)
② 相手が目に入ったら、こちらから挨拶をする(こちらから、が大切)
③ 呼ばれたら、明るく『ハイ!』と返事をする
④ ものを尋ねる(教えてください、という姿勢で)
⑤ ものを頼む(これはあなたじゃなきゃ、と誉めながら)
⑥ 心からお礼を言う(④や⑤に相手が応えてくれたことに対して)
⑦ 相手が相談してきたら、話をよく聞く(じっくりと、真剣に)
「意外とシンプルなことなんだぁ。なるほど。このうちのどれかをやれば、古株さんの態度も軟化するんですね? 分かりました、明日からさっそく試してみます。有難うございましたー!」
「あ、ちょっと待ってください。まだお伝えしていないことが・・・行っちゃった。」
(続く)