特集

アスリートとコーチの不思議な関係

世間を驚かせた、テニスの大坂なおみ選手とサーシャ・バインコーチの契約解消。

何があったの? なぜ今? グランドスラム2連覇、ついに世界ランク1位、という好調のタイミングでのチーム体制の一新は確かに衝撃的だった。更に、会見での彼女の言葉「成功より幸福感を」という理由が「理解できない」というコメンテーターもいて、メディアは合点がいかないようだった。

でも、様々なアスリートに取材してきた経験からか、私にとっては大坂選手の言葉は不思議ではなかった。もちろん直接彼女に確認したわけではないし、えてしてこういうときの真実は表に出てこないものだけど、少なくとも彼女の言葉には彼女らしい本心が出ている気がしたし、それが不可解には思えなかった。

きっと「理解できない」という人は「成功」と「幸福感」を別物のように語ったことが理解できないのだろう。トップアスリートたるもの、成功とは勝利すること、それが幸せであり、勝利することは何よりも優先されるはずで、勝利のためには多少のリスクも踏まえて(我慢もして)合理的な判断と手段をとるはずだ、そしてあんな良いコーチとの時間が不幸なわけがない、と思い込んでいるのではないだろうか。

トップ選手と言っても、人。必ずしも強靭なメンタルで常に冷静な判断で機械のように動けるわけではないし、むしろ心のあり方によってパフォーマンスも人生も左右する、これほど”人間的な”生業はないと私は思っている。どんなにフィジカルを鍛えても、気力が失せれば試合で勝つことも臨むことさえ難しいし、キツイ練習に耐えることもできない。まずは彼らを支えているのは「心」「気持ち」。

もちろん中には、生まれつきストイックな気質を持ち合わせて、闘争心を理屈に変えて割り切れるアスリートもいるけれど、個人差もあり、競技によって持っている気質も全く違うと思っている。大坂選手は、感受性が強く感情の起伏が激しい「情緒優位タイプ」に見える。きっと頭で理屈はわかっていても、心の揺れ幅が大きく、生活もパフォーマンスも心の波に左右されて安定しづらい。

私は大坂選手に、フィギュアスケートの選手たちが重なる。それは約8年間フィギュアスケートに関わり間近で見てきた私の経験から見えてくるもの。

フィギュア選手でも、技術向上のために別のより良いコーチや環境に変える選択肢があっても、絶対に離れない選手とコーチもいる。逆も然り。もちろん選手なら誰でも勝利や向上を目指すのは当たり前。でも何をどこまで犠牲にできるか、犠牲と感じるかは個人差が大きく、たとえ不合理に見えても、自分の心にストレスのないほうを選ぶ選手は少なからずいる。

チームの中での役割を意識する団体競技とは異なり、フィギュア選手は「我」の追求。練習の方法、生活スタイル、試合への臨み方など全て「自分」が中心で、それはトップになればなるほど必要な気質でもある。コーチとの常に一対一の感覚は、団体競技の監督とは全く異なり、その関係は良くも悪くも、他人からは計り知れない情緒的なものが伴うこともある。

体操競技でも、暴力を振るわれてもコーチに信頼を寄せ、引き離されることに抵抗した選手がいた。彼女に対して「暴力コーチなんてあり得ない。不可解」と言う人がいたが、私は、きっと彼女にとっては”暴力”ではなく、それ以上の気持ち的な拠り所があって、その繊細な部分は簡単に割り切れないものだろうと感じていた。

もう一つありがちなのは、親とコーチの関係。フィギュアは、幼い頃から親がレッスンに付き添ったり試合でサポートすることも多いため、選手・コーチ・親の三者関係の相性やスタンスが肝になる。熱心な親ほどコーチとぶつかったり、本人の家族思いが強すぎると、コーチの立場としては指導がやりにくくなってくる。どんなに手腕のあるコーチでも感情のもつれから破綻するケースはトップ選手にもあった。


今回の大坂選手にはこのような背景もあるように推測する。ハイチ出身の父親の勧めでテニスを始めたテニス一家だけあって、練習中にサーシャコーチに「姉の意見も取り入れてよ」とイラ立っていたり、試合には両親が必ず帯同していたり、「会いたい人に会いたい」という発言からも、彼女の家族思いはひときわ強く、家族を尊重してくれることがコーチ陣の第一条件だったような気がする。家族との幸せが何よりの幸福であり、それを優先しないコーチなら不要という選択をしたのではないだろうか。

不安定で自滅しがちな彼女に感情を抑制して勝つことを覚えさせたサーシャコーチの導きは絶大だったはず。目線を下げ前向きに励ますコーチング(私もコーチしてほしい!笑)には心から信頼もしていただろうし、それは自分でも認めているだろう。でも彼の方法(又は性格)は、何か彼女の心に引っかかるものがあり心のストレスになってしまったのかもしれない。いいコーチであればあるほど、先を見据え、本人には厳しい優先順位や取捨選択を迫ることはある。

サーシャコーチを外すことがリスクと言う人がいるけれど、彼女にとっては心のストレスこそがリスク、心にストレスがあるままでは成功さえない、という判断は、いかにも彼女らしいと思う。いわゆる「情緒タイプ」の選手は、闘争心や野心より、自分の心のストレスに敏感だから。

大坂選手のメンタルを「もう大丈夫」と言うメディアもいるが、それは疑問。サーシャコーチのお陰で一つ自信にはなったろうけど、持って生まれた気質はそう簡単には変わらず、何かのキッカケで芽を出す。

テニスやフィギュアなど個人競技では、技術とは別に選手の性格や気質はずっと付いて回り、パフォーマンスや勝負に影響する。ただそれも含めて選手の「個性」。おもしろいことに、波のある不安定な選手ほど魅力的だったりする。

アスリートは、強くて合理的な人ばかりという固定概念はなくしたほうがいいと思う。たとえメディアでそう見えたとしても一端でしかなく、美しいばかりでもない。そこまでに”強くならざるを得なかった”過程があって、とても人間くさい不合理さを抱えながら見えないものと葛藤している、と捉えてほしいと私は思う。

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かしわぎなおこ

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●小学校から大学までキリスト教系の私立一貫校で育つ。
キリスト教信者ではないが、幼い頃から「祈ること」や「神様」は身近に感じてきた。
ただ、学生時代はシスターの教えは大嫌いで怒られてばかり。ミサは寝る、聖書はイタズラ書き。
社会に出てからは、教えられたキレイ事は通用しないし、普段は忘れているものの、何か大きな出来事があると、心のどこかで「神様の力かな」と自然に思っている。

●銀行員から西城秀樹へ 25歳で大転身
銀行総合職をやめたいと思っていたとき、中学から大好きだったヒデキの事務所から、当時ファンクラブに所属していた私に事務所で働かないかと声がかかり、夢かとビビる。
「人生最大の神様のイタズラ!のらないと女が廃る!」と思って飛び込んだ。

●30歳でフリーに
著名人インタビュー、雑誌・書籍制作など、「書く」仕事を中心に、メディアのプロデュースと制作。
書く仕事は手段でしかなく、本望は「私が魅力を感じるコンテンツを世の中に伝えたい」。←秀樹時代から変わらない
多くの企画の中で、特に「フラガール」「高橋大輔」に関わった仕事は私にとっての代表作。
ハワイ好きの私が映画「フラガール」とのタイアップでつくったフラ教本は、複数回重版がかかる異例のヒットに。
トップアスリートに7年間密着して、バンクーバー、ソチ五輪に行けたことは人生の財産になり、書籍を6巻シリーズで発行し、メディア制作業としても集大成になった。
時代の変化と共に「私が魅力を感じるコンテンツ」も変化し、今はフレンチシェフの社会活動とその発信をサポート中。

●信条
「好きはすべての原動力」
私は基本は仕事が嫌いなので、好きなこと(興味のあること)を仕事にする。

●好きなもの
ハワイ、デニム、Tシャツ
私はハワイの太陽でしか充電できません。今のところまだ少し電池残ってます。

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