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家族の諸行(因縁によって生じたこの世の一切の事) 「父の場合」#8

ガルシアは、治療の甲斐あって、徐々に体力を取り戻した。マイアミのニカラグア人コミュニテイーで、小規模な貿易商の仕事もし始めていた。昔の活力と才気溢れた姿とは程遠いが、徐々に、それらしい雰囲気は取り戻しつつあった。

カナダで開かれた世界大会に、ガルシアが、姿を現した。父を始め関係者は、5年ぶりの再会だ。お互いの愛称を呼び合いながら、涙を流さんばかりにして、握手した。自分の体を痛めただけでない、家庭も崩壊してしまった。失ったものは大きかった。更に、裏で手を回したのが、キューバ代表ではないかとの思いが、心の中で黒く渦巻いている。その影が、五十過ぎの、彼の背中を覆っている。

大会のスタンドに姿を現すと、丁度試合準備中のニカラグアの選手が、ガルシアを認めた。皆、自国のヒーローを覚えていた。忘れる筈がない。野球のオリンピック種目化と云うロマンに向けて、世界をリードし、自国での世界大会を成功させた男。その国も革命後、米国の制裁下、30%の経済規模まで地盤沈下した。暗い影が覆っていた。明るかった時代の、象徴の様なヒーローが、そこに居る。試合準備の手を止めて、皆手を振った。ガルシアにも、熱い思いが蘇った筈だ。

父は、ガルシアと二人だけの時、野球界に戻って来いと勧めた。中南米の国で君を迎え入れ、代表にしてくれる国は幾つかある。そして、世界の会長に付けと話した。だが、自分はニカラグア人だ。自国の代表にしかならない。今は、このことに尽力していると、写真を見せた。米国が支援している、隣国の前線基地だ。彼は、ゲリラ服姿だ。軍人だった時代もあり、指揮も執れる。監獄での屈辱。崩壊した家庭。疑心と憤怒の炎で、行き先の闇の深さが、見えなくなっている。

ロス五輪の二年後10月中旬、スイス、ローザンヌ。最後の舞台だ。主役のヒーロー、ガルシアを除いた、ドンキホーテ集団が全員顔を揃えている。いよいよIOC総会が始まった。プレゼンの後、サマランチ会長が登壇。ロス五輪で目の当たりにした野球公開競技の成功の余韻がある。簡潔に野球の競技種目入りを応援演説した。これで充分だった。他の種目では、前例のない満場一致で決定。1992年バルセロナ五輪より、正式競技入りだ。

ドンキホーテ集団は、祝杯を上げ歓喜に浸った。だが、誰もが、「ここにガルシアがいたらなあ。」と言い合った。父は、総会後直ぐ、マイアミの彼の在所に、電報を打った。ガルシアよりは、後日、父を含め、ドンキホーテ集団の皆に祝福と夢の実現へのお礼の丁重な手紙が届いた。

その二年後。米国による、ゲリラ勢力への軍事支援が、有罪との国際司法裁判所の判決が出る。これにより、米国のあからさまな軍事支援活動は、出来なくなった。その様な中で、ガルシアの消息は、再び分からなくなった。

1992年夏。場面は、バルセロナの野球競技会場。いよいよオリンピック正式競技としての試合だ。日本チームは、プロの実力ある若手と、社会人のベテラン数名で構成されている。この前のシドニー五輪から、プロの全面的協力を得ていた。プロと社会人のオールジャパンの編成で臨めるようになっていた。父は、これが最後の大会と決めて、団長として参加した。

長年日本野球界でプロとアマチュアの壁も厚かった。お互いがいがみ合う。選手の引き抜き等を巡って、確執が続いていた。それを、機会ある毎に、父がお互いの顔が立つように根気よく、根回しした。それに、野球もオリンピックの正式種目と成れば、他競技の様に、実力世界一を競う場づくりが出来る。そのロマンが、加わった。素直な賛同の心が、関係者の間に芽生え、育ち始めていた。

バルセロナ五輪の日本野球チームは、大健闘したが、銅メダルだった。ロス五輪公開競技時の様には、金メダルは取れなくなった。米国以外で、カナダ、中南米、韓国、台湾だけでない。それに豪州、オランダ、イタリアと云った国々が力をつけた。大リーグにまで選手を輩出するようになった。いよいよ、それに対抗する為、プロだけの日本代表チーム、「侍ジャパン」作りの流れに成っていく。

一方、まだもう一つの壁が有る。大リーグだ。五輪種目入りには、ドジャースのオーナーが格段の肩入れをしてくれた。しかし、大リーグ全体の動きではない。バスケットの様に、ドリームチームを結成し、参加する道は見いだせていない。

彼らにとり、米国内のワールドシリーズが、世界一を決める大会だ。未だ、大リーグ代表の参加に向けた、変化の兆しはない。開催国にとって、興行収入と云う観点からは、大きな違いになる。これが、2004年アテネ・オリンピック以降、野球が競技種目から外れる一因ともなった。

次は、年老いて、体の弱った母と父の間に起こった変化についてです。

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イチゾウ

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団塊世代、重厚長大産業出身、第二の人生真っ只中。

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