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第10回 鍛えられた異文化の中での「教える」という経験

2010年5月、国立大学の一つであるマヒドン大学宗教学部に、講師として採用されました。タイでは仏教大学や仏教学部は珍しくありませんが、仏教のみならず他宗教についても学べる宗教学部はあまりありません。私自身も元学長のピニット・ラタナクン先生からお話を伺うまでは、この学部のことを知りませんでした。学部内の学生数は400名ほどと小さな学部ですが、学生の中には在家者だけではなく、若い僧侶もいるという非常にユニークな学部でした。

私が担当を任されたのは「新宗教」「大乗仏教」「宗教と死」などの科目。どれも重要なテーマだったので、意欲的に取り組みました。しかし、日本の大学で教えていた時のスタイルとは違って戸惑うことばかり。例えば、授業時間は1コマ3時間で、日本の倍の時間。そしてタイ語を使って教えるということ(英語でもよかったのですが、タイ語の方が私にはまだ気楽でした)。また当然のことですが、文化や宗教事情の違う学生たちに違う宗教について伝えることの大変さを、日に日に痛感する毎日でした。

日本への学生に対してだと、ある程度言葉のイメージが共有されていて伝えられる言葉が、タイの学生の前ではそれが通じないことがありました 。 例えば、授業で使わざるを得ない「お坊さん」という言葉。そこからパッと連想される彼らのイメージは、身近にいるタイのお坊さんの姿です。227の戒律を守り、家族を持たず酒も飲まないというのが彼らの常識。しかし、日本のお坊さんのほとんどは家族を持ち、酒もたしなむ方が多いので、そのことを伝えるだけでも学生たちに驚かれます。怪訝な顔をする学生から「では日本では、どうやってお坊さんとお坊さんでない人を見分けるのですか?」と率直な質問を受けることもたびたびでした。

また時には、日本から、僧侶や神職の資格を持つ方、日本の新宗教教団でタイでの布教者の方たちをゲストに招いて授業を行うこともありました。学生たちも非常に関心が高く、よくゲストへの質問を投げかけてくれて、異文化・異宗教からの学び合いの大切さを教えられました。

異なる文化や社会、歴史が違う人の前で教えるという経験。それは、それまで自分が身にまとい無自覚であったものを自覚し、いかに言語化して伝えるかというトレーニングでもありました。人に教えるという役目を与えられることで、自分自身の能力も鍛えられることを実感しました。5年も授業での経験を積んでいるうちに、気づけばだんだんと多くのタイ人の前でも話すことが楽になってきたり、最初は解読不能だった学生の手書きの答案用紙も読みこなすことができるようになったりと、徐々にタイ化(笑)していく自分を発見していくのでした。

しかし徐々に私の中では、大学で教えるという貴重な経験を手放してでも、やっていきたい仕事に出会い、魅力を感じるようになりました。そして、この宗教学部で同僚として出会ったタイ人の主人との出会いによって、その願いは思わぬ形で実現することになります。次回はそのことをお伝えします。


noteにて「月間:浦崎雅代のタイの空(Faa)に見守られて」連載中。タイ仏教の説法を毎日翻訳しお届けしています(有料記事)。note : https://note.mu/urasakimasayo

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浦崎雅代

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1972年沖縄生まれ。東北タイ在住。タイ仏教に関する翻訳や通訳・気づきの瞑想ファシリテーター。note(有料記事)にてタイ仏教の説法を毎日翻訳
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