エッセー

病と付き合うとき#4

健康な体にして頂いたが、すっかり本来の性格が丸出しに成り始めた。自堕落で、享楽主義のところがある。特に食べ物だ。小さい頃より、食事制限の憂き目にあった所為か、美味しいものに目が無い。

仕事で、頻繁に海外に出張した。出かける先で、現地の美味しいと言われるものは、なんでも口にした。お酒も、仕事が済むと、下戸の人から見ると、親の敵の様に飲んだ。仕事は、面白い様に取れた。お客さんにも可愛がってもらった。若さの勢いに任せた。無茶苦茶の仕事の仕振りだった。まさに破滅型人生だ。有頂天そのものだった。わが世の春が、いつまでも続くとは、思っていなかった。しかし、夢ならば、覚めて欲しくなかった。

大学を出て、就職し、任地に赴くとき、はなむけの言葉を兄がくれた。体調が変わってからの兄は、勘の鋭い人に成っていた。所謂、霊感と言っていいのか、物事をよく言い当てた。その兄が、私の手を握りながら次の三つの事を言った。

「仕事で行き詰まったら、その時に、その場で仏さまを念じろ。酒に飲まれるな。女性に溺れるな。」だった。温かいものが、掌に伝わってきた。「信」を入れて貰った様に感じた。また、私の寿命は、六十九歳。脳内出血で死ぬとも言われた。
そのことは、最初の内は心に残っていたが、薄れてしまった。

体を押すと、アルコールと脂肪が滲み出しそうな姿に成った。成人病の予兆は、三十代半ばで起き始めていた。汗を異常なほどかく、背広に汗が染み出して、背広がすぐダメになる。その分、水もすごい飲んだ。既に、特別な定期健診の対象者に成っていた。この時は、高血圧、高脂血症だった。この転機が来たのは、三十六歳の時だ。

米国の東海岸に赴任した。「住まいを決めたら、まず、ホームドクターを決めろ。」と現地の日本人会会長に言われた。このドクターのレベルで、総ての受けられる医療のレベルが横並びで決まるという。素直に、推薦された評判の高いドクターのもとを訪ねた。

病院では、丸裸にされて、血液採取から始まり、頭の天辺から足の先まで、総て調べられた。祖父母、両親、両親の兄弟まで、病歴を調べる。その上で、「あなたの家系から言って、五十代になると、心臓病でニトログリセリンのお世話になる筈。その頃には、脳内出血もしているかもしれない。」という。

無責任な生活は改めること。数値をコントロールすることに真面目に取り組むつもりはあるか問われた。それが、ホームドクターを引き受ける条件だという。引き受けたからには、米国内どこでも、病で倒れたり、事故に遭っても、このドクターに連絡が入る。自分のネットワークで、その場で、ベストの治療を受けられることを保証するという。約束した。それから、一生付き合うつもりで、必要最小限の各種薬を飲み数値を安定させること。食事をコントロールすること。運動の週間スケジュールを守る事。これも約束した。

後にして思えば、何かが、そういう医者に会いに行くように仕向けていたのかもしれない。回復できない一線を越えてしまわない様に。

これが変換点に成った。数値が改善していく面白さもあり、歩くことと、プールで泳ぐことは、生活の一コマに成った。帰国してからも、四十歳代から五十歳代と、続けた。着替えの服と靴を背負って、朝、出社前に歩いた。そこまでして歩く人は、あまりいない頃だった。歩いている途中で、お客さんに会ったりした。勤め先に、「お宅の会社には、変わった部長さんがいるね。」と言われたりした。

地下鉄の駅を一月に一駅ずつ、手前で下車し、体を慣らしながら、距離を伸ばした。御茶ノ水、本郷三丁目、後楽園前そして最後は茗荷谷から歩いた。相当速く歩ける様になっていたが、一時間以上かかった。会社についてから、トイレで体を大型のウェット・ティッシュで拭き、下着から総て着替えた。

プールでも泳いだ。流石に、これは週末の夜にした。泳ぐのは小学生以来、特技になっていた。千五百メートルをゆっくり、色々な泳ぎをミックスして泳ぐ。海外の出張先にも、常に、水着と運動靴は持っていくようになった。

血圧はてき面に下がるし、血糖値も、コレステロール値も下がって安定した。肩こりや、腰痛も起こさなくなった。しかし、途中で自堕落な心が起こり、息抜きと称して、飲食の禁を破ることは、しばしばあった。

次回は、若き頃の無茶苦茶な行状のツケと、積年のちり芥は六十歳代に、現れたお話です。

 

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イチゾウ

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団塊世代、重厚長大産業出身、第二の人生真っ只中。

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