エッセー

病と付き合うとき#3

第二の転機となった成長ホルモン投与により、見る間に大人の体に変化していった。

どんどん体力が拮抗し、激しい兄弟喧嘩をした。学校の帰りに、兄の喧嘩のとばっちりに度々遭わされた積年の恨みもある。近所中でも有名に成るほどだった。最後の戦いの日は、余りにも激しい大立ち回りだった。家中のガラスと、襖が壊れてしまいそうだった。最後には庭に裸足で転がり出た。そこで上に成り下に成りもみ合った。余りの激しい音に、隣の大学生のお兄さんたち兄弟が止めに入った。お互い泥まみれで、傷だらけだった。これ以降、ぱったりと憑き物がおちた様に喧嘩をしなくなった。

後年、この頃の取っ組み合いが懐かしくなる。

中学の3年ごろから、あれ程健康だった兄が、よく熱をだした。度々体調不良を訴える。この頃の小学校での、予防接種は同じ注射針で、何人にも行った。これが原因で、C型肝炎に成っていた。それは後に分かることで、この頃は、C型肝炎の名もない。全くの原因不明の病だった。何か月かして、元気を取り戻すと、その間は、今迄通りの快活な兄だった。

ただ、受験勉強や、学期末の試験の様に体力の負荷が掛ると、不調になった。父からは、圧力がかかっていた。自分の出た私立系の高校以外、月謝は払わない。都立が安かろうと、自分で働いて学校に行けという要求だ。激励のつもりだろうが、兄は苦闘した。滑り止めにと、先生に勧められて受ける学校は、試験日に熱を出している。総て不合格だ。最後に残ったのは、父の進める私立高校だ。それまで受けたところより、はるかに難関校だった。ここだけ奇跡的に合格した。不思議なことだった。

私の方は、兄とは反対だ。健康になり、何事も本番に強い子に成った。同じ圧力を父よりかけられていたが、全く問題なかった。総て受けた学校に合格した。偶々、受験中、試験会場の横の民家で火事が起こった。瞬く間に、家中火の手に包まれた。校庭を隔てて少し距離が有る。しかし、受験生は皆、心が落ち着かない。火事を気にし、そわそわしていた。私は、逆に心が落ち着いていた。試験に集中した。回答を書き上げ、それから消火作業を見ていた。その様に、騒ぎが起こると、腹が据わる様なところが有った。

兄は、高校入学以降、体調の良い時に計画的に、真面目に勉強する様に変わって行った。努力家で普段の授業を大切にし、試験勉強で夜更かしの負荷がかからないようにしていた。また、学ぶことが出来ることに感謝していた。両親はもとより、先生、更に学校の創立者に迄遡って、学べる縁を頂いたことを感謝していた。本番に強いからと、自堕落なところが出始めた私とは大違いだった。

そう云う違いは生活の端々に出た。従い、母よりは、「あなたは腹の妙に座った、へそ曲がりで、嫌な子だ。兄を見習え。」とよく言われた。その時は、いつも決まって、二つの小さい頃の話が付け加えられた。

一つ目は、小さい頃から、父に叱られたり、へそを曲げると、壁を向いて背を向けたっきりになる。根負けしてよく父が謝ることに成った。ある時は、夜になってから、叱られて、廊下に出された。また壁を向いたままでいる。あまり静かなので、母が覗いてみる。すると、オムツより漏れ出したおしっこの池から、指で廊下に線を引いて夢中で遊んでいた。そして、余りの笑顔で振り返ったので、叱るに叱れなくなったこと。

二つ目は、小学校低学年の頃だ。兄と遊びに出て、言いつけられた帰宅時間より遅れた。門を開けようとすると、カギが締まっている。兄は直ぐに、泣きべそをかき始めた。ところが、病弱の私の方が、「どうせ怒られるなら、まだ明るいから、もっと遊んで来よう。」と兄を唆して、また立ち去った。この一部始終を、門の裏側で身を潜めて、母親が聞いていた。あんたはそういう心根の子だと、繰り返し言われた。

兄は、就職の時も全く苦労しないで、どの企業からも誘いがかかる位の成績優秀者に成っていた。だが、この病との付き合いは、57歳で肝臓がんで命を終えるまで続いた。自分の体調と相談しながら、厳しく自己節制をしていた。酒もたばこもやらない。しかし、仕事では、お客さんから信頼され、絶大な信用を勝ち得ていた。一方で、家族思いで、部下にも優しい上司だった。葬儀の時、兄嫁が思わず、笑顔になった。入社時から今に至るまでの、同僚や部下の女子社員が、涙、涙の長蛇の列だった。

次回は、健康になったが、慢心した会社人間の私の体にも、曲がり角がくる話です。

 

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イチゾウ

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団塊世代、重厚長大産業出身、第二の人生真っ只中。

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