エッセー

「愛すべき来訪者たち」#4

グレーが姿を消したころ、我が家に大きな変化が起きた。突然の引っ越しだ。母が大決断をした結果だった。

そこに至るには二つの理由がある。
一つ目は、妹に新しい友達が出来ないことに関連している。
学校から帰って、一人で近所や商店街に出かける様になったころから始まる。そこで大人に問われるままに、自分の物語で、何故自分が我が家に突然登場したかを語って回った。放送局に成った。そこいら中で、注目の的となった。兄と私にとっても居心地の悪いことに成った。母にとって、覚悟したこととはいえ見込み違いの出来事の一つだ。

二つ目は、気学の方位だ。
局面を打開しようと思っている母が、家族にとり十年かに一度の吉方を使える時期が来ていることを知った。

母は直ぐに意を決した。意を決すると凄い。父は何カ月も海外出張でいなくなる。どう父を説得したのか分からない。先ず今の家を売る交渉を不動産業者とし、次に移る先の別の業者とも交渉をした。隣の区の見晴らしの良い高台の住まいだった。下見は、兄と私が付いて行った一度のみ。

また、気学上、家族のそれぞれが移り住んで良いタイミングがバラバラだった。それを、相手先に頼んで一つの部屋を空けてもらった。その間元の家には住めるようにした。これでクリアーだ。

総て母が一人で交渉した。両方の不動産業者が舌を巻く。お金の持ち出しは一切なし。不動産業者が、素人の奥さんとは思えない、度胸の良い、凄い折衝力だと言ったらしい。
後々、「あの時は腹が据わったら何でもお願いできた」と母は言う。

私が最初に移り、鍋でご飯を自炊した。次いで兄、その後母と妹だ。父は最後だった。総てが決着した後、海外から直接、移住した先に帰って来た。家を見るなり、その見晴らしの良さに直ぐ気に入った。一件落着だ。

その後がまだ続く。母は、徹底してやった。家相上良くないと、玄関の位置を変えた。あとは、庭にある小さな池も埋めた。その上に小さい植え込みを作った。この分の費用は流石に父が出した。

その他に、不思議なことがあった。
父は終戦を海軍の鹿児島県鹿屋の飛行場で迎えた。あの特攻隊で有名な場所だ。父は気象班で、大尉だ。だから、生き残れる立場だった。この家の前の持ち主も偶然、鹿屋で終戦を迎えた飛行機乗りの生き残りだった。父の不在の間に、母が不動産業者とで決めてきたところだが、何かが結びつくように誘っていたように感じられた。

確かに何か流れが変わった。何がとは言えないが、出来事が素直に回り始めた気がした。

この家には、縁側は無い。化粧石を壁面や敷石の一部に使った和洋折衷の造りだ。二階にベランダがある。隣は大きな地主さんの家だ。色々な大きな木々が鬱蒼としている。これが丁度良い借景になっている。

ここに、野鳩、尾長、ヒヨドリ、メジロ、ウグイス、シジュウカラ等々渡り鳥も含め季節ごとに沢山の鳥がやって来る。その片割れが、我が家のベランダでも遊んでゆく。餌と共に脂身やリンゴなぞ置いておくと、大変な騒ぎで、大宴会をやっている様な賑わいになる。

別の訪問者は、夏の蒸し暑い雨の夜にやって来た。夜帰宅すると、玄関前の敷石にヒキガエルが鎮座している。動かない。あたかも、何故池を無くしたと抗議している様だ。それから幾晩も繰り返し登場した。その夏は脇にある駐車場のバケツの中に卵を産んでいった。これは悪いがゴミの日に始末した。

この訪問者は、それから二・三年続けて登場し、玄関前で抗議の座り込みをしていた。しかし、その後はここに池があったことを記憶するモノがいなくなったのだろう。現れなくなった。

スノーは新しい環境で、散歩コースも多岐にわたり、喜んでいる様だった。
しかし、脱走する時の自由の味は忘れられない。隙を見ては、鉄製門扉の潜り戸のちょうつがいを外すことを覚え、姿を消した。そろそろ恋をする年頃にもなっていた。甘い誘惑には勝てない。何度か脱走を繰り返すうち、とうとうお腹が大きくなってきた。

次回は、母親に成ったスノーと家族の成長。そして、家に飛び込んできた窮鳥のお話です。

 

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イチゾウ

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団塊世代、重厚長大産業出身、第二の人生真っ只中。

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